こうして瓦の色が決まると、次は葺き方になるわけですが、こちらは職人さんとのディスカッションが重要です。新しいことをしようとしても、職人さんに「それでは葺けない」といわれる。「棟の納まりは?」「軒先はどうするんですか?」などと問いかけられても、答えられない。ほとんどの建築家が屋根を葺く技術を知らないから、施工は現場任せになってしまっている現状があるんです。このことが、最近の建築家が瓦屋根を敬遠する理由のひとつになっている。けれど、職人さんもしくは瓦メーカーにきちんとイメージを伝えて、うまくコミュニケーションをとっていけば、瓦が持つ独特の魅力をもっと建築物に表現していけるはずです。たとえば「海椿葉山」のサロン棟。この楕円形をしたフォルムは、和船がそのまま海へ向かって降りていくようなイメージを表現したかった。 そこで、和瓦をベースにした特注品で納められた瓦が波打っている宿泊棟とは対照的に、板が重なった板葺きのような重ね葺き瓦にしたわけです。板状の瓦を重ねていくわけですから、見えるところは40%くらいで、残り60%が重なった部分になっており、それだけ重量がかかっている。最終的に5000枚近い瓦が乗るとわかってきたときには、加重のかけ方をあらためて考える必要が生まれました。
日本建築は、瓦が乗ってから締まるようにすき間や逃げが用意されており、それだけ職人さんにとって瓦屋根は微妙な存在なんです。けれど、きちんと説明すれば、神社などに用いられるこけら葺きも板葺きだとか、玄昌石など天然スレートを重ね葺きした例があるとか、欧米でもこんな葺き方があるといった話になる。やったことのない方法でも、必ずどこかに参考があり、それをアレンジすれば、どうにか葺けるに違いないという結論になっていくものなんです。ただ、今回は軒先が楕円の円弧を描いていて、そのまま棟まで曲線が続くのでかなり大変だったようですが。あと瓦職人さんにお願いしたのは「瓦をあまりきれいに葺かないでください」ということでした。職人さんにしてみれば意外な意見ですから、はじめはやはり綺麗すぎてね。「もっと雑に荒々しく」と伝えると、やはり屋根の“調子”は良くなるんですが、葺く方としては難しいわけですよ。JIS 規格にはないようなやり方ですから。どうやって、自分のイメージを職人さんに伝えるかが、難しいけれど重要なポイントなんです。
「美乃里」は、陶芸が好きなオーナーが後世に残せる文化の発信地として陶芸のギャラリーと教室を開くための建物で、フォルムはなだらかな斜面を持った“登り窯”のイメージから出発しています。瓦を採用したのは、土を扱う場所だから屋根にも土ものが相応しいだろうという意図からです。けれど、普通の瓦では均質すぎて面白みに欠ける。当初は本物の土管を使おうと思ったんですが、あまりにも重量がありすぎるので断念。そこで、土管を真ん中でふたつに割ったような形の七寸丸瓦を、やはりノミズさんで焼いてもらったわけです。写真で見るとシンプルなようですが、屋根のラインが半径125mの弧を描いていますから、棟から軒までの長さは一列ずつ違うし、棟のあわせの部分の角度が非常に微妙なんです。
普通、屋根には棟瓦が納められ水平方向に一本のラインが通るんですが、これをあえて使用せず、両側の軒から登ってきた丸瓦がぬるっと反対側へ棟を超えていくイメージを出したかった。そこで、棟あわせ用の瓦を一枚ずつ特注で造ってもらいました。実は、朝鮮にも、こうした建築があるんです。焼き物というのは朝鮮経由で伝わってきた技術ですから、この「美乃里」を通じて、なんだかルーツを辿ったような気がしますね。
しかし他のメーカーだと、こういう屋根のプランは「できません」と頭から拒否されてしまうところでしょう。私は JIS規格で造ったようなものは使わない方が良いと思っているのですが、メーカーの方はJIS規格で造らないと商品にならない。だから不揃いなものを造ってくれ、というのはとても難しい注文なんです。決められたモノを出していくのがメーカーの使命ですからね。でも不揃いであったりムラがあったりするのは、とくに新しい感覚ではなくて、昔はそれを当たり前と思っていた。いつしか、それを良しとしない文化に変わってしまったわけです。