自ら考案した<聖瓦>によって、平成11年度の「第10回 甍賞」金賞を受賞した山本恭弘氏。最新の設計である「双軸の舎」では、この<聖瓦>を新たなアプローチによって使用し、2回連続となる「第11回甍賞」金賞受賞という快挙を成し遂げた。伝統を深く理解しつつ、新たな伝統まで生みだそうとする姿勢は、瓦という素材に隠された魅力を次々と発見していく。その山本氏に、斬新な発想をささえる視点や、都市景観に対する展望を語ってもらった。
いま自分が住んでいる高知県土佐山田町を一望した写真を、以前、見たことがあるんです。おそらくは火の見櫓から撮影したもので、まさに“甍の波”というべき屋根の風景が写 っている。瓦屋根という存在が、1400年におよぶ歴史を経て、日本人の文化意識に深くしみこんでいることを実感させる写真でしたね。
もちろん“伝統”というのは、古ければ良いというものではない。不変であることが伝統の本質ではないんです。つねに新しいものを取り入れる努力をしなくてはならない。その取り入れた部分が人々に受け入れてもらえれば、それが新しい伝統になっていく。「伝統的な瓦屋根は五寸勾配であるべき」などという硬直した考えにこだわっていると、むしろ伝統は廃れてしまうでしょう。自宅の壁に使用しているこのコンクリートブロックでも、あえて密着させずに、かまぼこ状に目地を盛り上げるなど工夫してみた。これだけで、モダンなはずの素材が“和”を感じさせる。硬直した思想を忘れれば、新しい価値が見えてくるものなんです。
<聖瓦>にしても、瓦という伝統素材をもっと柔軟に発想する姿勢から生まれたものです。瓦のなかでも本葺き瓦というのは特に伝統的で、われわれが干渉する余地などないと思われていた。
けれど「東山邸」を設計したときに“透ける甍屋根”というテーマがあって、透明素材の代表であるガラスを取り入れた甍屋根を創造したかったんです。そこで本葺き瓦の平瓦とペアガラスを同じように納めることを思いついた。小さな部品を組み合わせたシンプルで柔軟な工法という瓦の長所を活かしつつ、現代的な本葺き瓦を実現したわけです。
瓦という素材と柔軟につきあっていくために必要なことは、なによりも職人さんと親密になることだと思います。設計家というのは、意外に“瓦とはこういうもの”という固定観念をもっている。しかし実際に施工する職人さんたちは、瓦というのがいかに融通の利く素材であるかを知っている。「ああしたい、こうしたい」という要望を伝えれば、その解決方法を考えだしてくれますよ。もちろん、瓦を製造しているメーカーさんの協力も必要です。思いついたアイデアを、具体的な製品として完成させてもらわなければなりませんから。瓦が1400年も伝えられてきた背景には、じつは“柔軟な素材”であることが大きかったと思います。
<聖瓦>にしても、さらなる変化を続けています。「東山邸」に続く「双軸の舎」では、丸瓦部分だけをカラーステンレスと組み合わせて、より現代的で軽快な印象を実現しました。現在手がけている物件では、同様のアプローチの延長にコストダウンのための工夫を盛り込んでいます。いまだ進化を続けている素材であり工法なのです。
また、現場との情報交換を密にしていれば、職人さんの方からいろいろと提案を受ける場合もあります。「双軸の舎」の母屋を改修したとき、現場を見た大工さんから「建物の柱が通し柱になっているので、これを活かしたらどうか?」という連絡を受けたんです。民家にしては珍しく、蔵のような造りになっていて、2階の天井まで突き抜けた通 し柱で建てられていたんですね。すぐさま意見を反映させて、喫茶店として営業している部分を吹き抜けにし、通し柱による階上と階下の連続性を強調。伸びやかで開放的な空間として設計しました。
たえず進化を続けている<聖瓦>。 | 「双軸の舎」新築部分の軸組模型。 |